Blue Moon.

境界

私はいつの間にか深い森に辿り着いており、きょろきょろと周囲を見渡す。

ふと後ろから少女の声。振り返ると、そこには銀髪で、5つの金の目を持つ少女。
「兄さんは迷子かえ。」
その言葉に頷くと、彼女は私の手を引き、私に何処へ行くのかも伝えず森の中を走っていった。 ちらりと獣が顔を覗かせた気も、何度も木の根が私を転ばそうとした気もしたが、そんなことも忘れるほど少女は道も無い林を駆け抜ける。

やがて足並みは緩やかになり、森が開けたのかと思ったが違い、それはそれはとても素敵なところに辿り着く。 丸く切り抜かれたように木が生えておらず、中央にはどんと大きな丸太。 今まで満足に見上げることの出来ない空は、ここでは十分すぎる程見上げることが出来た。 おいでよと丸太に座る少女に手招きされ、自分は彼女の隣に座る。

「兄さんは旅人かい。」「なら、話を聞かせてくれないか。」
興味津々にも少女は目を輝かせてそう言う。
私は喜んで話した。この森とはまた違う森で出会った猫の仮面の子らのこと。
それから抜けた先で出会った4人の人達のこと。
寒地を抜けた先にある大きな工場であったこと。
そこで出会った素敵な笑顔を持った女の子のこと。
それからまた歩いた先の砂漠で出会った星見の男と話したこと。
その友人であろう男とも話したこと。
その進んだ先で自分の兄弟に似た商人と占い師であろう男と出会ったこと。
そこに居た幼子と遊んでいたこと。
何から話せばいいのか分からず、私は旅を始めた理由を話していたが、そこから無意識に記憶の順を追うように話していった。 一呼吸置いたところで少女は聞いた。
「兄さん、家からここまで何日ほど、歩いて来たんだい?」
私は、日を数える習慣は無いんです。と、申し訳なさを交えながら笑顔で言った。少女は何か笑いのツボに入ってしまったのか、それを聞いて笑い転げてしまった。 寧ろそういう反応を貰って嬉しかった。この子は先程まで、どこか暗い顔をしていたのだ。私はほっとひと安心な心地であった。

ひいひいと五つ分の目尻に涙を溜めながらも、少女は青いレインコートの中より変わった色の液体が入ったビンを取り出した。
「兄さん、ありがとう。ほんとにありがと。楽しかったよ。だからこれ、あげる。」
私は差し出されたビンを受け取った。
これは何か?と聞くと「不思議な泉で採った」と言うだけ。これが何なのか、全くの未知だった。 それをどうしろとは少女は言わず、ただにっこりと笑っていた。

何かを思い出したように、少女はひょいと丸太から飛び降り、 ありがとう、とこちらも見ず、何処かへ走り去っていった。 ビンの中の液体は透き通るような、鮮やかな水色をしていた。 その色彩を存分に目に焼き付け、懐の鞄の奥底へと仕舞い込む。 少女の笑顔も忘れぬ内に、右手の方向に開けた道へと向く。

語らぬ彼女の背中を思い出しながら、ありがとう、と心の中で呟く。 そうしながら、足がここで止まってしまわないよう、彼女との出会いを記憶の底に封じた。 それからまた来るであろう明日の為に、私は歩み進めることにした。

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